さらば

厳島神社に行ってきた。
わざわざ広島、もったいないから、初日は尾道まで出向いて
文学の散歩道。
尾道といえばネコだが、あの急斜面の下水設備はどうなって
いるのか?
調べたらやはり、江戸時代とたいして変わってなかった@@
なんの因縁か千光寺で千手観音の御開帳をやっていた。
33年ぶりだから、ご縁があったのだろう。
我が家は日蓮宗だが、どーも法華はあまり好きじゃない。
久遠寺の佇まい、日蓮の言葉というものが、なぜかしら
深みのない造作に概観されるからだ。
だから我が家の仏壇には、富山の叔父からいただいた観音像
が座している。
俺はこの観音様を愛しているんだ。
千光寺の千手観音はいい顔をしていた。

翌日、厳島神社を拝観したあと、弥山に登った。
弘法大師ゆかりだから、厳島神社よりも興味があった。
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こーゆう、やわらかいお地蔵さんが、あちこちに生きている。
大昔、神道と仏教の境界がおおらかだったころ、清盛の
小さな世界観と密教は共存していたというわけだ。
しかし、弥山の頂上から静かな瀬戸内海を遠望していると、
おい、いったい、神や仏は、なにをわれわれに伝播したと
いうのだろう。

観音経(偈文)

世尊妙相具 我今重問彼 佛子何因縁 名為観世音
具足妙曹尊 偈答無盡意 汝聴観音行 善応諸方所

弘誓深如海 歴劫不思議 侍多千億佛 発大清浄願
我為汝略説 聞名及見身 心念不空過 能滅諸有苦
假使興害意 推落大火坑 念彼観音力 火坑変成池
或漂流巨海 龍魚諸鬼難 念彼観音力 波浪不能没
或在須弥峯 為人所推堕 念彼観音力 如日虚空住
或被悪人逐 堕落金剛山 念彼観音力 不能損一毛
或値怨賊繞 各執刀加害 念彼観音力 咸即起慈心
或遭王難苦 臨刑欲寿終 念彼観音力 刀尋段段壊
或囚禁枷鎖 手足被柱械 念彼観音力 釈然得解脱   
呪詛諸毒薬 所欲害身者 念彼観音力 還著於本人
或遇悪羅刹 毒龍諸鬼等 念彼観音力 時悉不敢害
若悪獣圍繞 利牙爪可怖 念彼観音力 疾走無邊方
玩蛇及蝮蠍 気毒煙火燃 念彼観音力 尋聲自回去
雲雷鼓掣電 降雹濡大雨 念彼観音力 応時得消散   
衆生被困厄 無量苦逼身 観音妙智力 能救世間苦   
具足神通力 廣修智方便 十方諸国土 無刹不現身   
種種諸悪趣 地獄鬼畜生 生老病死苦 以漸悉令滅   
真観清浄観 廣大智慧観 悲観及慈観 浄願常譫仰
無垢清浄光 慧日破諸闇 能伏災風火 普明照世間   
悲體戒雷震 慈意妙大雲 濡甘露法雨 滅除煩悩焔   
諍訟経官処 怖畏軍陣中 念彼観音力 衆怨悉退散   
妙音観世音 梵音海潮音 勝彼世間音 是故須常念   
念念勿生疑 観世音浄聖 於苦悩死厄 能為作依怙
具一切功徳 慈眼視衆生 福聚海無量 是故応頂礼
爾時持地菩薩 即従座起 前白佛言 世尊 若有衆生  
聞是観世音菩薩品 自在之業 普門示現 神通力者
当知是人 功徳不少佛説是普門品時衆中 八萬四千衆生
皆発無等等 阿耨多羅三藐三菩提心
 
般若心経

觀自在菩薩。行深般若波羅蜜多時。
照見五蘊皆空。度一切苦厄。
舍利子。色不異空。空不異色。
色即是空。空即是色。受想行識亦復如是。
舍利子。是諸法空相。不生不滅。
不垢不淨不增不減。
是故空中。無色。無受想行識。
無眼耳鼻舌身意。無色聲香味觸法。
無眼界。乃至無意識界。
無無明。亦無無明盡。乃至無老死。
亦無老死盡。無苦集滅道。無智亦無得。
以無所得故。菩提薩埵。依般若波羅蜜多故。
心無罣礙。無罣礙故。無有恐怖。
遠離顛倒夢想。究竟涅槃。
三世諸佛。依般若波羅蜜多故。
得阿耨多羅三藐三菩提。
故知般若波羅蜜多。是大神咒。
是大明咒是無上咒。是無等等咒。
能除一切苦。真實不虛故。
說般若波羅蜜多咒即說咒曰
揭帝揭帝 般羅揭帝 
般羅僧揭帝菩提僧莎訶
般若波羅蜜多心經

まあ、観音経と般若心経あたりを写経して幸せになれる
なら、なんともお手軽な人生だ。
ネットで検索すれば、諸君でも簡単に意訳はとれる。
漢字だからなんとなくもっともらしいが、言ってることは
他愛もない当たり前のことばかり。
俺にとっては当たり前でも、当たり前でない人間がいる。
それが、この世の、面白いところだ。
仏の宣伝に終始しているのが経文の常だから、どーも
押しつけがましくてまいる。。
この世のことは相対的価値で動いているのだが、人間、
困難に出会うと絶対的価値を求めたがる。
相対的価値で儲けている権化・弁護士がお遍路したり、
有名な左翼の民法学者が死に際して洗礼を受けたりする。
俺は、そーゆう人生もありだと思うが、失礼ながら、
そーゆう人生はなにか俺の心根には響かない。
それだけじゃない、「なにか」が、やはり、俺のなかには
在るからだ。
俺が我が家の観音様にアタマを垂れるのは、言葉ではなく、
俺の実在の源を
感知していることへの畏怖なのだ。
この相互覚知された関係のなかにしか、絶対などという
言葉はそもそも存しないと思っていたのだが、しかし、
ここでいう実在というのは肉体と欲望、まあ煩悩の
結晶像のようなもので、じつは俺の魂のありかは、
ちょっと離れたところで、正邪の境をうろうろしている
のではないかと思えるのだ。
観音をもって一切衆生救済と簡単にいかないところに、
人間の摩訶不思議が
ある。

で、ですね。
沖縄に嫁いだ娘が結婚式のあと、かりゆし58のCDを
贈ってくれた。
前川真悟ってヤクザ崩れの男がほとんどの曲を作って
いるんだが、なかなかいい。
いちどきちんと聴くかと思って、ipodに入れて、車の中で
ジックリ聴いていたんだ。

********************
「流星」

本当はこのまま ずっとこのままで
時間が止まってしまえばいいのに
そしたら僕らは もう何も壊さずに
もう何一つ汚さずにいれるのに

手にしたものより もっと失ったものが
絶望する程たくさんあるよな
マリア この街じゃあ例え誰かが死んでも
ほんの少し電車が遅れるだけ

今ちょうど故郷の空に手紙を書いているところさ
「初恋のあの人が知らない誰かと結ばれるけれど
どうかお願い 式の当日には雨を降らせないでほしい」

いつかはそれぞれ 別々の命
旅立って行く「さらば さらば」って言いながら
僕ら喜びを唄に変えるのは あまりに哀し過ぎる誰かのためさ
この世界に 一粒の種を

言葉は轍さ その生き抜いた日々の
「生まれてきたのは間違いじゃない」と言ってよ
「誰かが遺したその最後の言葉が
誰かの未来を変える」と言ってよ

「まだこの街のことを好きでも嫌いでもないけど
冬の日の夜空から舞い降りてくる白い雪は
息を呑む程に 綺麗で儚くて
いつの日かあの島の上にも 降らせてほしい」

誰もがそれぞれ別々の命
旅立って行く「さらば さらば」って言いながら
僕ら喜びを唄に変えるのは 届くことのなかった祈りのためさ
この世界に 一粒の種を

本当はこのまま ずっとこのままで
アナタの隣に居たいけど
思い出は今日もまたひとつ歳をとる
さらば またいつか
もう行くよ
***********************

これはよかった、まるで曼荼羅だ。
こんな歌詞を、暖かく、からっと歌ったバンドが、いままで
日本にあったかい?
厭世的でなく感傷もない、だけど、大切なことを生真面目に
詩で歌っている。
キヨシローもそうだったな。
俺は、かりゆし58のHPにいって、前川にメールをだした。
「いい曲だ、いつか必ずライブをみにいく。
ただ、アコースティックギターでやって欲しい」

恋人よ、アンマー、電照菊、オワリはじまり、、、
どの曲も、地に足がついた真面目な言葉、のんびりと安定した
音色に包まれている。
人生・恋・生死をこんな風に聴かせたシンガーソングライターは、
日本にはいなかったでしょう。
恋人よ、を、一度聴いてごらんなさい。
皆様は、このような2人でありつづけ、得ましたか?
小さな幸せを誠実に凡庸に語ることの格好良さ。
かりゆし58を聴いたあと、iPodから流れてくるのは
ベートーベンのピアノソナタ30番以降なんだが、それが、
ぴったりと繋がっていく。
そして、ツエッペリンへも。


裕次郎さんが死んだんだ。
独り身の始末も出来ぬまま、肝臓癌特有のボケが始まって、
すぐに逝ってしまった。
蓋棺録、人は死をもって定まる、か?
身寄りがなかった人だから、遠縁の人間に葬儀を頼んで、
身近な人間にもよろしくと声をかけていた。
船頭ばかり多くて、だれも金などもっていないし、
出す気もない。
俺はボケたときに会いに行って、お通夜も葬儀も知らん
ふりだからいいが、元カノのママが修羅場をみて、
仕切ってきたらしい。
どっかのボケおやじが出てきて、100万くらいの戒名を
付けたらどうだと言ったらしい。
ママが、あなた、口だけじゃなくて金も出したら?って
言ったとか@@

俺は裕次郎さんの死がレベル3程度にみえて、ギザギザの
違和感のなかにいた。
じゃあ、いったい、レベル5の死ってなんなんだよ!
たしかに、そうだ。
五木寛之のように白髪をたなびかせて親鸞を語って、
死を恐れないと言うことか。
デカイ、チンケなリムジンに乗せられて、ラッパを
吹かれることか。
大津波で、大自然の意のままに皆殺しにされることか。
東京の安アパートで腐乱死体で発見されて、孤独死と
同情されることか。
天皇陛下のように、武蔵陵墓地に埋葬されることか。
そうじゃないだろ。
すべてが相対のなかに在るとしたなら、そもそも、
レベルという概念など、まったく陳腐なお話にすぎない。
しょせん万人の死、されど死。
かりゆし58の「流星」は、そんな、あたりまえのことを、
俺にやさしく語ってくれたんだ。

裕次郎さんも最後に「さらば」とつぶやいて、流星の
ように消えていったとしたら、いや、そのように消えて
いったと、かりゆし58の唄を聴いて思えたから、
俺は久しぶりに、このBlogを開いたんだ。
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by sniperfon | 2013-11-16 18:50  

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