トキコと鶴瓶や、侠客のこと、あるいはrailways

ナナちゃんは、加藤 登紀子の「ほろ酔いコンサート」というのに、
もう何年もいっているんだな。
友達が後援会の会員になっているので、いい席を取れるらしい。
新宿・歌舞伎町でやってたころは、たる酒をみんなで飲みながら、どんちゃん
騒ぎになって、1年を終えてたらしい。
全学連世代の第9コンサートみたいものだ。
で、今年は、おれと行きたいといいだした。
おれは、そーゆう、品のない場は嫌いだからイヤだったんだが、純音楽鑑賞の
立場から、いくことにしたのだ。
会場はこの数年前から、有楽町の読売ホールだから、まあ、まともな
雰囲気ではある。
紙コップにすこしの振る舞い酒をいり口で渡されて、そふぁーで飲んで、それから
コンサートの開始@@
ううう、むっちり太った、トキコおば様が登場したら、がががが、周りの(ほとんど
60以上の終わりかけた)女どもが、立ち上がってぎゃーぎゃー騒ぎ出した。。
おい、勘弁してくれよと思ったのだが、歌はうまいから、目を閉じて聴いていた^^
imagine やpower to the peopleを、太い声で歌いあげるし、座り込んで
知床旅情、まあ、並みの歌手じゃないね。
50年近く死んだダンナとの思想を暖めながら、決して、思想言葉では、
そのようなことを語らない。
power to the peopleにしても、意訳を交えながら歌ったのだが、ジョンが意図した
「人民」の風などそよぎもしなかった。
もっと広範な意味での人々、かれらにたいして、生きる力を、という意味で、シャンソン風に
絶叫しておりました。
ゲストが鶴瓶、彼と彼女が歌ったのが、河島英五の名曲「生きてりゃいいさ」
鶴瓶は、せつせつと、うまかった。
トキコは、同時代のおんなにとって、任侠の親分なんだな、おれにはそー思われた。

伊集院の書き物は、みんな追いかけているんだが、「羊の目」これは任侠をとおして、
魂、宗教のことまで書こうとした駄作。
まったくつまらない小説だとおれは思っているんだが、取り巻きは大作だと書いている^^
人間、背伸びをしてもダメだ。
で、内容はともかくとして、ここに出てくる任侠の親分と子分の関係が、なにやら、
トキコとファンの関係に二重写しになる。
いつだったか、大阪ブルーノートに、大阪のオナゴとソウルを聴きにいった。
そのときも、オネーサマたちが立ち上がってギャーギャーやっていたが、あれとは
すこし違う。
トキコファンが、トキコおば様が死んでも切腹するとは思えないが、時代をともに
歩んだ戦友の死、そうとうにガックリくるんじゃないかと思える。
こーゆうファンのあり方というのは、敗戦、外来文化の洪水、経済の高度成長、
受験戦争、心の置き場、社会衰退のなかで漂流を続けた団塊世代特有のものかも
しれないけどね。

で、はなしを少し戻すと、railwaysって映画をやってますね。
NHKの有働由美子(おれはまさにファンなのだが)が、主演の三浦友和@@を番組に
呼んで強力推奨(おれには、そー思えた^^)
富山が舞台なので、ナナちゃんが行こう行こうと騒ぐ。
こんな、愚劣な映画はおれには似つかわしくないと思ったのだが、有働ちゃんも
おすすめのようだから、観にいった。
これは、まあ、富山の雄大な景色をバックに、定年を迎えた男女の熟年離婚のおはなし。
三浦が演じるオトコが、日本の典型的な古ぼけたオヤジだから、サッサト離婚して
しまえばいいと思うのだが、(どーみても、オトコが悪い・・)、最後はハッピーエンドだ。
この映画はだね、観ているのは幸せな熟年を迎えた、おしどり夫婦が多いということ。
離婚、離婚とマスコミは騒ぐけれど、幸せな老後を迎えている、日本人も大勢いる。
だいたい、すこしオカシナ人間ほど、大声を出すものなのだ。
ばついち、なんていうのは、決してほめられた存在でもないのに、平気でバツイチですと
喜んでいうバカがいる。
腐った果実は確実に伝播していく、そのことを忘れないことだ。
この映画は、倦怠期を迎えた、壊れる前の夫婦にみせたいと思ったのだが、
がははは、そーゆう人間は、また、観にいかないものだ、それが人生の皮肉で
面白いところ。
で、離婚というと、色川先生の直木賞「離婚」
おれには、こんにちのいわゆる離婚を先駆的に描いた名作だと思うのだが、
なぜ、突然、離婚の話をしだしたって?

それは、トキコショーを観ていたオバサマたち。
ピアスなどしない、おんなっ化のない、オンナが多かったということだ。
おんなを一瞬にして見抜くおれの眼力は、半分以上は、ダンナがいない女にみえた。
離婚したんだか、最初から結婚してないのか不明だが、この世には男と女しかいない。
自然の摂理は、子孫の継続を定めている。
その定めをかなえられなかった人間たち、あるいは、一時的に定めを近い世界に
身をおいたにしても、そのような世界で小さな幸せを得られなかった人間たち。
自然の摂理を反故にした人間を外道という。

トキコおばさまと子分の関係は、なにやら、外道の世界にみえたのだ。
だから、あの独特の濃厚さが表出され、オンナヒトリで生きてるカッコウ良さみたい
ものを身内だけで祝福しあうという。
おれには別に、格好のいい、オンナの集団には見えなかったけれども^^

ただ、外道であっても、ヤクザであっても、暴力団であっても、おれは、べつに
どーでもいいんだ。
まさに、生きてりゃいい。
外道というのは、汚れた立場ではなく、あちらがわの世界の話にしてもケッコウ
純粋無垢な話。
そのことを、伊集院は言いたかったのかもしれない。
ただ、やたら人間の器だの格好よさだのにこだわったイヤミがあり、全体として
書き急いだ感があるのが残念だ。

おれも外道のように生きたかったんだと、ときどき思うこともあるが、おそらく
外道として生きるには、度胸もなく、小さな幸せが回りに充満していて、寄り道する
ヒマがなかったんだろう。

おっと、そろそろ、おでかけする時間だ。

透明にいきてる人間には、透明なとばりしかおりない。
みなさまといつか、空気のさきにある世界でお会いできる日を楽しみに。
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# by sniperfon | 2011-12-28 10:26  

きみや ぼくの なかに なにがうろうろしているのか

この1ケ月ほどは、うろうろ、もやもや、生きてきて、やっとblog
なんてーものを思い出した。
ものごとは、順序立ててかけばいいのだろうが、どーも、頭のなかが
飛んでしまって支離滅裂、オンナを抱く気にもならない。
えー、まず、オフクロが死んでしまったので、やることがなにもない。
夏から秋まで、月の半分は那須といったりきたり。
やることは音楽を聴くことと、ゴルフ、読書、洗車、アホになる。
那須といえば宇野千代だから、或る男の断面なんて文庫を読んで、
ううう、助平なオンナだったんだなーと改めて感動。
もっとも文章は淡々として、独特の脈絡感を含んでいるから、
内容のわりにはサッパリと新鮮。
退屈してたら、ナナちゃんが、東北を回ろうといいだした@@
なんでまた?
実際にみないと、どんな状況だかわからないでしょ。
だけど遠いぜ。
それなら2泊してゆっくり回りましょ!
じゃ、そうするか・

ってわけで、最初は仙台平野、仙台空港の周辺をみて松島で一泊。
仙台平野は延々と土ほこりの中って感じ。
空港周辺の雑木林は、海から陸地側に木がなぎたおされたままで、
津波の惨状が残っている。
松島は御承知のように、小さな島が200以上あるおかげで、
津波が弱まった。
宿泊した海辺のホテルも1階が被害にあったようだが夏にはオープン。
観光客も多く、一足先に復興しつつある趣。
カキの食べほーだい2000円、あんなもの食べるヤツいるんだね@@
経済支援にきたのだから、あちこちにお土産を送って、夜も近くの
居酒屋でバクバク食べた。

次の日は大船渡まで車を飛ばして、陸前高田、気仙沼と南下、
仙台に一泊。
大船渡はリアス式海岸だから、海沿いの海抜20mあたりまでは全滅。
ガレキとクレーン車。
けれども国道はその上を走っているので、ひな壇から上の住居は
残っているし、道路沿いの店も多くが開いている。
海沿いの海産物加工関係の施設が甚大な被害にあったようだ。
恐ろしかったのは、陸前高田。
大きな湾の奥に位置するこの町は、ことあたりでは珍しく、広く
なだらかな地形をもっている。
だから海岸線から、町の奥深くまで津波が押し寄せたのだろう。
大船渡から陸前高田に入ってくると、異様な風景に一変する。
国道の左右はガレキのやま。
消えた野球場にポツンと残るナイター設備、3階あたりまで
ぶち抜かれた大きなマンション、遠くを見渡しても誰もいない
死んだ街。
アメリカ映画に出てくる無機的な砂漠の都市、そんなイメージ。
左の海岸から津波がきたら、おれも逃げ切れないと思ってアクセル
を踏んだ。
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碁石海岸に寄って石を拾ってきたんだが、荒波をみてると
恐ろしくてすぐに退散。
あなた、海が盛り上がってくるように感じるんですよ。
気仙沼は大きな町。
ここもリアス式海岸のために、津波の高さが異様に膨張
したのだろう。
信じられない街中まで、建物が壊されている。
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大船渡よりも活気があるのだが、大船渡ほど海からの高さが
ないのだろうか。
復旧工事の喧騒のなかで道路は渋滞、多くの商店は店を閉めていた。
一関のベイシーに行きたかったのだが、さすがに時間がなくて断念。
そのまま、仙台に向かった。
ここでも経済支援、いい店があったので、死ぬほど飲み食いしてきた。
飲みながらママと話をしていたら、内部がやられたビルが多いと
言っていた。
その店も、別の場所から移転してはじめたとのこと。
翌日は青葉城めぐり。
道路が崩れたようで、延々と迂回させられた。
東北大学の構内みたいところを走って、やっと到着。
政宗の像は健在だったが、近くにあった別の像は壊れていた@@
ここから牛タンをあちこちに送ったんだが、こんなおいしい牛タンは
初めてだとみんな言っていた。
舌の根もとの厚い部分を使っているからだそうだ。

なんとも納得できなかったのは、高速の入り口の大渋滞。
なんと、ほとんどが被災者用の無料パス車。
だから、ETCの入り口はガラガラなのに、そこまでなかなか
たどりつけない。
小さな軽がビッシリ、ふざけろ、おれの高級Audiの邪魔を
するんじやねー!
茨城に住んでる知人に聞いたんだが、被災してないやつまで
高速が無料になるっていうので、被災者認定に出向く。
行政は、いったい、どんなチェックをしてるんだ?
東北道の高速は軽自動車で過密、高速などあまり乗ったことのない
ヤツがニコニコしてガンガン飛ばしている。
甘やかすんじゃねーと叫んだら、ナナちゃんに、もう忘れたのと
怒られた@@
このあいだ俺を煽ったベンツを煽り返して追い詰めたら、とつぜん
覆面が赤いメカメカを回して緊急停止のLED表示。
現行犯逮捕かと思ったら、
「あのね、ベンツを追跡してたのに、なんで割り込んだの!
合図までしたのに」と、オマワリに説教された@@
180キロ出してたところを、20キロオーバーといわれたら、
黙ってサインするしかない。
逮捕・免許取消は免れたが、残りゼロ点、ただいま安全運転中
なのだ・・

で、被災地をみたところで、おれが善人になるわけでも性根が
変わるわけでもない。
すこし精神を清めようと本屋をブラブラしてたら、いねむり先生
とかいうとぼけた名前の本がおいてあった。
手にとって眺めると、あら、伊集院静じゃねーか、おれ、コイツ
好きなのよ。
ホイホイと買ってきて、音楽を聴きながら読み始めた。
あううう、はふはふ、は。
まあ、まどろっこしいハナシだが、手が離せなくなる、心が
離れなくなる。
これはね、ある種の男、ある切り取られた時代の男、そんな
男たちにとっては同時律で振動していく奇妙な文章なんですよ。
オンナがよんで、面白いと思うのだろうか?
はやく話の先行きを知りたいんだが、伊集院はとぼけている
んだか、前頭葉が溶けてしまったのか、けっして急がないし、
輪郭もキッチリ決めてこない。
そしていねむり先生との柔らかいスケーティングを、大切に
描写していく。
具体性を伴った精神異変描写、これが病的であるかどうか、
おれには経験がないからよくわからないが、おれはこの本で、
救われたことがいくつかある、ような気がした。
すくなくとも俺の独自性、すなわち素晴らしき個性、
あなたがたも、それぞれが輝く個性をもって、たんたんと
死つること、それで人間はいいんだということを、刻めた。
みなが心のなかに朦朧としたうろうろしたものを抱えて、
そんなこんなで、順番に果てること、それも、よくわかった
ような気がした。
それは、このあと、色川の狂人日記を読んだからかも
しれないが。

いねむり先生、すなわち色川武大(あるいは阿佐田哲也)は、
おれの小学校の先輩。
生まれも育ちも俺と一緒だ。
小学校の大先輩は夏目漱石。
彼の作品「百」は、漱石の「こころ」に似ているような気がする。
色川はジャズが好きで一関で心臓が破裂した、伊集院はいま
仙台に住んでいる。
やはり一関に寄ればよかったと、ふと、思った。

こんな話のあとで、相場のことを書くのが、おれはなかなか
いいもんだと思うのだが、あなたは、どー思う?
NYの指数は日経平均に比べたらはるかにシッカリしておりまして、
日本だけおいてけぼり。
リートもけっこう戻して、楽天レアルにいたっては
一時プラスになってた。
CFDのヘッジが1289Pあたりま入ったからまあまあだ。
現状でヘッジ比率が40%くらい。
1300Pで80%くらいヘッジがかかれば、来年も配当利回りは
15%くらい取れるだろう。
Fxは、ばははは、介入のおかげでドル円78円の上からヘッジ入り。
ユーロ円106~107円、豪ドル円79~80円、ほぼ均等に
7割くらいヘッジをかけている。
この水準なら、満額ヘッジをかけてもリートは勝ちなのだが、
欲は身を滅ぼす。
個人は豪ドルを相当買い進めているらしい。
77円あたりが損益分岐のような気がするが、欧州のゴタゴタの
結論をみるにはすこし時間が早いような気がする。
投機というのは、一方向にスタンスを決めなければいけない。
それはそれでいいのだが、万人と同じスタンスを取るというのは、
投機家のとるべき道ではない。
必ず介入が入るという安心感のもと、スワップをもらいながら
豪ドル買い。
そのような投機家のこころには、うろうろする、寂しき感慨と
いうべきものがないのだろう。
あやしき死生観をもたない者が、投機などできるのだろうか?
いまの相場は、そんなに簡単に安楽を与えてくれるとは、
おれには思えない。
上下10円くらいぶれても、どーってことないポジション、
おおきな資産形成の場を
組んでおかないと、大災害、大変動で、根幹を失ってしまう。
リーマンショックや大震災は、そのことを素晴らしく造形をもって
大衆に教えてくれた。
やがて100年もしたら、また、忘れ去られて、海沿いに住む
人間がでてくるにしても。
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# by sniperfon | 2011-11-17 21:24  

なにに、投資するかね

やっと涼しいというか、肌寒くなってきたので、あなた、最近は落語を聞きにいったり、
関東近郊の丘陵をお散歩したりと、のんきなものよ。
明日からの連休は、「朱雀家の滅亡」をみにいくくらいで、たいした用事もない。
オーディオをすこしやって、音楽でも聴こうかと思っていたら、がははは、またまた、
例のオニーチャンから電話があって、リートをどうしようかと、電話口でふるえているんだな。。
1億くらい買ったのかと思ったら、100万買って20万やられたって話だ。
CFD、FXのヘッジもかけてなかったという。
こーゆう方は、株やリートなどやると、こまめに小さく損をして、大事な人生を楽しめない。
配当は15万くらいあったのだろうから、放っておけと言っておきました。
株が世界的に下げましたので、まあ、ほとんどの投資家はヤラレでしょう。
アタイは2000万くらいリートを買って、累積配当は400万くらいの収入。
今回の下げで350万くらいヤラレ。
FXのヘッジで100万、NY指数CFDで200万の儲けだから、350万のプラスって
ところ。
楽天リートレアルっていうのがあって、8月頃から300万くらい買っていたんだが、がははは、
これが配当200円、基準価格7500平均で利回り32%@@
もっとも配当を2回もらって現在の基準価格は6300円だから、差し引き20万くらいのヤラレ。
レアルはFXで扱ってないので、ヘッジがかけられない。
ユーロ、NYとの指数連動性も薄いので、レアル急落はインパクト大。
もっとも、全体を眺めれば、今回の下げなどアタイのなかでは漫画のカッパ・
大きな投機の世界では、暴落というものは必ずくる。
以前にも書きましたが、投資というのはそのような暴落時にするものです。
なにに投資するか。
絶対利回りの高いものに、資産を切り替える。
今回の暴落は日本の不動産ではなく世界の指数、そして円高。
バカじゃなければ簡単に答えはでる。
円で海外資産の利回り物件を買えばいい。
だから、リート、毎日1億円買ってる金持ちがいくらでもいる@@
リートのなかでは比較的安全パイといわれている国際ワールドリートでさえ、75円
配当、基準価格3837円、23%。

ところが世の中には欲ボケとバカしかいない。
ほとんどの人間は、基準価格がいずれ上がって、ぼろ儲けしようと考える。
さきほどの若者の話は、今回の暴落の前にも書いたはずだ。
ドル円はそろそろ終焉だが、CFDは売りだと。
電話でなぜCFDを売っておかなかったんだと聞いたら、上げたところで売ろうと
思っていただと@@@@@@@@@@@@@@

ぎゃやっややっややっやあーーーーーーーーーーーーーーーーー
この世で、相場の明日を読める人間など、どこにいるんだ!
なぜ俺が天才なのか。
俺は、損失を出さない投資の原理を考えてきたからだ、だから、俺は不滅なの。

いいですか、リートの利回りは25%前後ですよ。
こんなバカな話があるわけがない。
大家業なんていうのは7%いけば御の字、10%いったら神業、俺は天才大家だから
13%くらいでやってるが。
だから海外リートの配当はいずれ下げられる。
毎度書くように、配当の10%分をCFDの保証金にして、それで、沈没国家、米国、ユーロ圏を
空売りしておけばいい。
CFDはレパ10倍だから1000万で、1億のリートの全額がほぼ担保される。
実際には高値圏で7割くらいのヘッジで充分だ。
まあ、なんど書いても、こーゆうタコに騙されるんだろう^^
ブラジルレアルなんて、あなた、暴落したら30P割れも覚悟しなくちゃいけない。
豪ドルとはリンク性向があるから、楽天リートをやるなら豪ドルを売っておくのも一考だろう。
為替とか指数を機械的に売り上がっていって、決して基準価格で儲けようなんて考えない事だ。

そーいえば、個人が外貨を買わなくなったと、日経に書いてあったね。
ドル円あたりは円買いスタンスに移行中だと。
それにしては、円高が止まりはじめている。
むほほほ、個人凍死家が円買いに動き始めたってことは、そろそろ円高も終焉かね。
NY指数のチャートも平均線にまとわりついて、大底を模索し始めている。
ギリシャパンク、ウオール街でデモ隊一万人銃殺、そんなビッグニュースで大暴落
したら、そこはまさに買い場だ。

大貧民、救済ネタはこのへんで終わりにしよう。
blogの品位が下がる。

人間の感性ってヤツは、リトマス試験紙に感応しないから計測しようがない。
俺のなかでは、クラシックで残すべき至宝のヒトツにカザルスのバッハ無伴奏チェロがある。
フルニエの72年東京ライブが、いまでも、俺の絶対音感の基準なんだが、あのテープは
紛失してしまった。
だから無伴奏チェロならカザルスということになる。
カザルスもいろいろ弾いているが、このYOU tubeのヤツは素晴らしい。
異様な緊迫感をもって迫ってくるのは、カザルスの解釈である性急なテンポによる。
息が詰まるような圧迫感。
しかし、カザルスを評価しないクラシックファンもまた多い。
彼らは技巧とかテクニックのことばかり語りたがる。
ツィゴイネルワイゼンといえばハイフェッツというようなものだ、ハイフェッツのものなど
軽くて聴けたもんじゃない。
俺はエリック・フリードマンが弾いたものしか相手にしないが、日本にもう一人天才がいた。
彼は、やはり、エリック・フリードマンのツィゴイネルワイゼンに一撃されて、人生を決めたのだ。
ちなみに東京ヴァイオリン製作学校の校長は無量塔蔵六とある。
無量塔といえば例の湯布院の無量塔、俺が聴きにいったWEのSPが置いてある旅館だ。
これは、なにか、縁があるのだろうか?

で、まあ、人間の感性の話だが、よーっは、感性が合わないヤツとは永遠に添えないし、
それは人間社会だけじゃなく投資の世界にもいえるんじゃないかと、ふと、思ったのだ。
自分の感性にあったモノにたいして投資する。
そこから、小さな幸せ、小さな資産形成がはじまる。
そんな言葉を、若い方に贈って、今宵は寝ようと思ったのだ・
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# by sniperfon | 2011-10-07 21:53  

月光とピエロ、あるいはバッハのミサ曲

「月 夜」

月の光の照る辻(つじ)に
ピエロ さびしく立ちにけり

ピエロの姿(すがた)白ければ
月の光に濡れにけり

あたりしみじみ見まわせど
コロンビイヌの影もなし

あまりに事のかなしさに
ピエロは涙ながしけり

「秋のピエロ」

泣き笑いしてわがピエロ
秋じゃ! 秋じゃ! と歌うなり

O(オー)の形の口をして
Oの形の口をして
秋じゃ! 秋じゃ! と歌うなり

月のようなる白粉(おしろい)の
顔が涙を流すなり

身すぎ世すぎの是非もなく
おどけたれどもわがピエロ

秋はしみじみ身に滲(し)みて
真実なみだを流すなり

 「ピエロ」

 ピエロの白さ!
 身のつらさ!

 ピエロの顔は
 真白(まっしろ)け!

 白くあかるく
 見ゆれども

 ピエロの顔は
 さびしかり!

 ピエロは
 月の光なり!

 白くあかるく
 見ゆれども

 月の光は
 さびしかり!

「ピエロの嘆き」

かなしからずや身はピエロ
月の孀(やもめ)の父無児(ててなしご)!
月は み空に身はここに
身すぎ世すぎの泣笑い!

「月光とピエロとピエレットの唐草模様」

  月の光に照らされて
   ピエロ 、ピエレット
   踊りけり
   ピエロ 、ピエレット

  月の光に照らされて
   ピエロ 、ピエレット
   踊りけり
   ピエロ 、ピエレット

   踊りけり
   ピエロ 、ピエレット
   踊りけり
   ピエロ 、ピエレット

   踊りけり
   歌いけり
   ピエロ 、ピエレット
   ピエロ 、ピエレット

月の光に照らされて
   ピエロ 、ピエレット
   ピエロ 、ピエレット
 月の光に照らされて


クラシック500枚もほぼチェックを終えて、また、500枚くらい落札しようと思っている。
堀口大學といいますと、明治.大正の詩人というイメージが強く、中也あたりと15歳くらいしか
違わないのに、俺のなかではやや距離がある。
ボードレール、ランボー、ジャン・ジュネあたりも訳しているのですが、むかし本屋の店頭で
読んだ限りでは、文語調が災いして触手を伸ばすにはいたらなかった。
軽妙なイメージから、詩壇からは遠ざけられていたのかもしれないが、陛下の前で
歌を詠んだあたりは、人生達人としてまっとうしたと言うべきか。

大學の処女詩集『月光とピエロ』のなかの詩に、清水脩という方が曲をつけている。
合唱をするかたの間ではバイブルみたいもので、連綿と歌い継がれているらしい。
そのレコードを聴いたわけだが、いや、まことに素晴らしい。

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言葉というのは不思議なもので、音・音声にのると、別の言霊に昇華して、龍が天空を征くが
ごとく、我々の脳天をぶっこわすときがある。
詩人が朗読をするのが流行っているが、あれは、彼ら自身が言葉と音声の奇妙な纏われ感を
深く自覚しているからにほかならない。
目をつぶっていると、詩を聞いているのではなく、妖しげな声色を聴いて酔っている自分に
気づくことがある。坊主の読経。
このレコードは大學の詩と男声合唱の重なり合う厚みがちょうどバランスよく、同時に聴いた
バッハのミサ曲ロ短調より、数段、素晴らしいものだった。
言葉の障害じゃないかとも思ったが、フォーレやモーツアルトのレクイエムは感動するし、
第9のシラーなんてつまらないことを書いているが、やはりあの合唱は聴ける。
だから、バッハのミサ曲よりも清水脩の『月光とピエロ』のほうが、だんぜんいいと、俺は
断言する。

で、志鳥さんの「私のレコードライブラリー」をみると、バッハのミサ曲ロ短調は、一生の間に
一度でもいいから聴きなさいと書いてある@@
「月光とピエロ」のほうは、どこにものってない・・

俺の気性からいったら、志鳥ってヤローは単なる権威主義者じゃねーか、と書くと、
皆様は思っているかもしれない。
たしかに、俺も、ふと、思った。
月光とピエロは、俺の音楽館のなかでは、かなりの高位置にくる。

評論家というのは、最後は知識の切り売りが勝負となる場合が多い。
本来は自分の感性に照らして、新たなる意匠となるべき斬新な言葉を用意すべき
なのだが、才能が枯渇して言葉が出てこない、、そーなるとメシが喰えないから、
知識・データをいろいろ並べて、お茶を濁すしかない。
レコードのライナーというのはスペースが広いから、埋めるのがたいへん。。
ばほほほ、だから、曲の紹介のまえに、ベートーベンの生まれだの、モーツアルトの
生活だの、俺でも知ってることを延々と書く。
そして、おもむろに、第1楽章はソナタ形式でとか、和音はどうだとか、ノーガキを書く。
お前はいったい、悲愴のどこに感動したの?と読んでいると、ロシアの永遠に消えていった、
永遠の謎である?????
いや、いつだったか、NHKの番組でも、悲愴は謎であるなんて、解説者が言っていた。
だぼぼぼぼ、悲愴なんて謎でもなんでもない。
あれは、チャイコフスキーが、第3楽章までで、いわゆる人生の毀誉褒貶を描ききった。
しかしながら、チャイコフスキーと数少ない天才(俺のこと)たちは、その先に横たわる、
まさに深淵たる人生のあおざめた断層を観じる、その観じた形相をえぐりとるように描いた
ものなのだ。

だから観じる能力のないものには、悲愴など、じつはどうでもいい曲
(なにも解ってないんだから)
しかし、あなた、音楽評論家が、悲愴の解説を出来なかったら、メシが喰えない^^
だから、ナゾなんて言葉で逃げているのよ。
まいど書くように、美空ひばりや、淡谷のりこの曲を聴くときに、和音がどうだとか、
旋律があーだとか、考えます?
クラシック、すなわち古典に思想をまとわせ、それでメシを喰ってる連中に騙されては
いけません。
観じる心がない人間は、なにもみえないのです。

これは、べつに音楽だけのハナシじゃない。
いま富山県立近代美術館で「日本画の巨匠三山展」というのをやっている。

東山魁夷、杉山寧、高山辰雄の山をとって、三山としたわけだ。
この三人が巨匠かどうかは意見が分かれるが、俺は杉山寧が好きだから観にいった。
高山辰雄という人はあまり知らなかったんだが、聖家族シリーズあたりは有名。
で、高山の作品、最後に「自寫像」というのがある。
いわゆる自画像。

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この絵は、薄い墨のような仕上げ、高山本人が杖をついて立っている。
お気づきのように顔が書いてない、右上に彼が好きだった月のような天球が描かれている。
全体は不透明なモヤのような空気に包まれ、索漠感と不安感がみなぎる。

絵は解釈だから、この絵をみて何を観じようが自由。
まあ、あなたも、俺も、大差ないだろう。
あとは、こーゆう絵が好きかどうか、それだけだ。
俺は、まあ、好きなほうだが、それよりも、なぜ顔を描かなかったのか。
聖家族あたりも、同じように暗いモノトーンなのだが、目は必ず描かれていた。
だから、高山が、相当の思いでこの絵にかけて、その思いはまさに顔を描かなかった点に
凝縮されている、それは容易に想像がつく。
なぜ、自我を描くのに、あえて、顔を消したか。

おれは、解明欲から絵を遡及していくのは好きじゃないんだが、家族を大切にして
功成り名を遂げたオトコが、なぜ、最晩年にこーゆう絵を描いたのか。
このことが、不思議でならなかった。

そして、絵をみたあと、ショップをブラブラしてたら、一冊の本が置いてあった。
高山由紀子著「父 高山辰雄」
で、この本を買って読んでいたんだが、芸術家を父にもった娘のファザコン書き物。
面白いのは親子なのに、オヤジの絵を意外と理解してないってことね。
絵を観るというのは、まさに、絵そのものをみることなのであって、どっかの山に
登ったり、画商との交友を書いたり、情緒的な体験を語る事じゃない。
よーするに悲愴の理解で書いたように、この娘は、オヤジの絵を観じる魂に欠けている。
そして、この欠けた娘とオヤジの心の亀裂が、じつは、「自寫像」のナゾに繋がっていたと
俺は思ったのだ。

俺は別に高山由紀子を揶揄しているのでも、小馬鹿にしているのでもない。
絵を観じる能力がないと言ってるだけで、その他のことを否定しているんじゃない。
画家の子が、画家を理解できるとは限らないという、当たり前のことを言ってるだけだ。

この本の終わり近くで、彼女は、芸術家高山辰雄との葛藤を告白している。
意見を求められ表明するまでの消耗感、30代、いや40代になって、やっとオヤジから
自立できたこと。
家族間のゴタゴタした時期は、ちょうど聖家族の創作期、くすんだ黒の制作期にあたる。
父、母、子は他人のように無表情に、ただ、決められた位置にたたずむ。
どの目もぼやけて真実を正視しようとしていない、あるいは、オンナはキツネのような
奇妙にゆがんだ目つきをしている。
「穹(きゅう)」を描いた時の、透明な高踏感はどこにもない。
この寂しき「自寫像」を、高山は死の直前、90歳半ばで描いた。

家族、家庭の喪失という、結論として書きたくもない陳腐、陳腐であるがゆえに、
芸術家もまた逃れられなかったということ。
あるいは喪失ではなく、家族のもつ離反という普遍性、だから、高山は淡々と顔を
消し去って逝ってしまった。

まあ、こんな話を、高山由紀子は認めたくもないだろう。
永遠とか夢幻のなかで一見生きていたであろう父親を、俺みたいオトコにいいように
書かれたら、まあ、おもしろくはないわな。
しかし、あなたね、人間なんていうのは、ささいなことから世界を凍死させたいと
願うものなんですよ。
ましては芸術家なんていうのは、敏感な、神経症の塊みたい動物ですよ。
本音など墓場にもっていく覚悟で、人生を色づけているんです。
だから高山が、家族に絶望か失望かはしらないが、少なくとも魂を傷つけられたという
俺の邪推は、けっこう当たっているとおもう。
そして、そんなことにかかわらず、俺がこの絵を評価するというのは、やはり高山自身の
水準が俺と同レベルなほどの高みにあったということなのであって、「自寫像」は永遠に
残るだろう。
俺が芸術を観じるというのは、まったく、他愛のない、地味な所作の結果なのだが、
けっして、一点の真実を見逃さないという自負でもあるのだ。

さて、相場を観じてみよう。
為替はスイスフラン強制介入から、円安にふれて77円台半ばでヘッジの約定が出来た
方も多いだろう。
まあ、80~81が、とんでもない壁になっているから、ゆっくりいくことです。
NY指数は、ガタガタやってますが、日本の二の舞ということになれば底値はまだ
わからない。
ヘッジファンドがやられていると報道されてましたから、破産ショックがくる可能性もある。
チャートは崩れていないから現状で3割程度のヘッジ、1200Pまでの売り上がりが
うまくいくかどうか、ってとこです。
クラッシュでリートを買う資金と度胸を持ち合わせているかどうか。
海外のヘッジファンドなんていうのは、強気一辺倒のバカばかりですから、アパッチだけ
読んで、逝ったほうが、成仏できるでしょう。
じゃあ、また・
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# by sniperfon | 2011-09-07 11:07  

ジャズを200枚聴き終わったら、今度はクラシック500枚

ううう、どこかのレコードショップが逝ったのか、クラシックファンがまた一人
お亡くなりになったのか、ヤフオクで500枚まとめて買ってくれーって出てたんだな。
がははは、日本中のレコードを買いあさってしまおうと決めているので、入札していたら、
たった2万だと。。
10ケース、100キロ以上のゴミがすぐに届きました@@
ジャズ200枚、結局1ケ月もたたないで仕分けできたので、今度もあっというまだろう。

古いコンサートホールソサエティ(通販会社)のレコードが3枚まとめて入っていた。
これ、集めている人も多い。

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真ん中は白鳥の湖。

日本発、ロンドンレーベルの5セット。
d0150305_17544026.jpg


録音がよさそうだから、オーディオのチェックに使おう。

いま聴いているのは、はじめて耳にするホーレンシュタインの悲愴。
基準盤のカラヤンに似ておりまして、第三楽章のゾクゾクする導入も同じテンポで
鮮やかに入っていく。
ところが、中程からテンポを落として、金管をゆっくり鳴らす。
これは最終楽章に対する戦略みたいものだから、どのように落とし前をつけていくのか。
なかなか、面白い解釈であります。

ヴィヴァルディの四季だけで、10枚近く入っていて、四季人気を伺わせます。
ミュンヒンガー、シュトゥットガルトで久しぶりに聴いたんだが、弦の合奏に厚みがあって、
素晴らしい、全曲聴いた。
四季というとイ・ムジチ、結局、あの繊細な音場で四季に入ってしまうと、バロック音楽の
狭い世界に閉じ込められてしまうのではないだろうか。
オーマンディ・フィラデルフィア盤もあるので、あとで聴いてみよう。

ここで、悲愴が終わった、良かった。

ジャズ200枚聴いて、結局、80枚くらいかね、那須にもっていったのは。
あとは1円で、売ってしまう。
俺は収集家じゃないし、評論でメシを喰ってるわけじゃない。
いいと思った音楽だけ残しておくの。
クラシック500枚だって、100枚残ればいいと思っている。
レコード、CD1万枚蒐集してますなんてザラにいるが、つまらない音楽を抱えて、
どーするんだ。蒐集するための蒐集、疲れる話だ・・
ライナーノーツを読むと、どのレコード、曲も、評論家先生は褒めている。。
30年前の新譜で、いまでも残っているのは、いった何枚あるんだろう?
このあいだも書いたが、キョウビ、ウエザーリポートなんて聴いてるヤツは、どのくらい
いるのか。
SUN-RAというグループが昔あった。
俺はこのあいだ、ウエザーを聴いたあとで、SUN-RAもジックリ聴いた。
出来不出来はあるが、明らかにSUN-RAのほうが革新的であったし、いまでも新鮮。
ためしにヤフオクに、ウエザーとSUN-RAをそれぞれセットで100円くらいで出品
してみたのよ。
ウエザーは入札者ゼロ、SUN-RAは7人入札@@
がははは、狂気のSUN-RA、当時はあまり相手にされなかった。
大衆の感性をバカにしてはいけない、美空ひばりは譜面など読めなかったんですね。
感覚、聴覚というのは、知識じゃない。
正しいモノを本能で捉える。

ブラームスの交響曲第4番を、午前中、聴いた。
俺がすきな志鳥栄八郎さんは、もっとも好きな曲のヒトツだという。
若い人にはこの曲の良さがわからない、人生の終盤近くなって、はじめてこの曲の
深みがわかるとまで言っている。
ブラームス自身、この曲が一番好きだと言っているの・・
門馬直美は第四楽章「感動的な迫力をもっている。明るいこともあれば、
暗く沈むこともあり、表現の多用さはおどろくほどである。
まさに、全曲をしめくくるにふさわしい楽章といえよう」

ううう、俺はこの言葉がトラウマとなって、以前ブラームス全集まで買って、聴いてみた。
しかしながら、ハンガリー舞曲集、ピアノ4重奏曲第2番以外は、なんの感銘も受けない。
今日も4番を改めて聴いたが、眠くなってきた、ぶほ・
俺は、一時期、真剣に悩んだね。
なぜ、ブラームスの良さが、わからないのか?
けっきょく、良くないのよ、俺には、むほほほ、単純明瞭。
朔太郎は好きだけど、金子みすゞは嫌いだ、それと同じ。
人間の感応回路は、千差万別、それが個性ってヤツです・

暑さも一段落してきたので、そろそろ芸術鑑賞といきたいところだけど、まだ動きが鈍い・
落語あたりならヨカローと、2度ほどいってきたが、けっこう人気があって平日でも満員。
林家正蔵の人情ものは、うまい。
あとは、夏枯れの歌舞伎。
花魁草(おいらんそう)という、せつないお話が新橋演舞場。
獅童、勘太郎あたりが、着実にウマミを身につけてきている。
勘三郎は復帰出来るのかな?俊寛ネタで遠くの島に行くようだが。

ああ、そーいえば、このあいだの日経に、田中恭吉が特集されておりました。
以前にblogでもご紹介いたしましたが、「バラの刺」というのは初見。
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この目がよくてですね、一度は和歌山の美術館に行かなければと思いました。
女性の柔らかい肌に、「刺」を刺す意味、それは刺を等間隔の配置にした不自然さ、
すなわち美の破壊をもって明確でしょう。
この目は、知性的じゃない、ある意味農村的な暗愚の目ですね、しかしながら
純朴な汚れをしらない目、仏陀の目のようにもみえる。
その純朴さを、恭吉の追い詰められた神経はサディスト的にイジメている。
彼は鋲を彼女の顔に打ち込むたびに、彼女の額を、鼻を犯し、射精をしている。
衣服はまるで、熟したオンナを暗示しているようで、この不釣り合い感が、彼女の
顔を独立した桃のように浮き上がらせている。
妙に気にいって、スキャンした画像を額縁に入れて、飾っておきました。
シャガールの「街の上で」が、向かいにかかっている。

さて相場のほうは、ガタガタやっておりますが、下位うごめき型。
為替、株ともにトレンドは戻りを試したがっていますので、売りつないでいくには
ちょうどいい。
楽天リートレアルにいたっては年率30%超えですから、買い増ししておきました。
ドル円80円、NYが12000Pなら万歳ですから、腹八分として79円、11800Pあたりで
ヘッジが7割くらいなら、良しとすべきでしょう。
その時点で、今回のヘッジの儲けを吐き出してトントンなら、最上級の投資家という
ことになります。

おい、メンデルスゾーンのピアノ曲集、厳格なる変奏曲、幻想曲、無言歌集、いま聴いて
いるんだが、これいいね。
彼は生まれも育ちも運も一流、俺は交響曲のイタリアとかスコットランドが大好き。
モーツアルトのようにひねくれていないから、明るく正直、そして色気やツヤももっている。
ピアノもドビッシーのように流麗じゃないけど、端正に厚く創られている。
こーゆう正当派というのは、ショパンのように甘美に流れないぶん、人気がないのかね。
いいレコードだ、弾いているのはヘルムート・ロロフ、大事にしよう。
じゃあ、またね・
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# by sniperfon | 2011-08-27 17:43