盛夏の候
2013年 08月 17日
伊藤 若冲が2006年復権の後、消え入ろうとしている。
若冲展が9月に福島で打ち止め。
若冲を見いだしたプライス夫妻の年齢を考えると、これで米国在の若冲画はとうぶん
観ることができない。
しかたないから9月になったら福島まで車を飛ばして行くことになったが、土日だから
人の頭を見にいくようなものだ。
月曜日を休館日にしているところが多いが、普段ヒマなんだから、特別展の時くらい
休み無しで働けといいたい@@
オール讀物6月号から澤田瞳子が若冲を書き始めた。
タイミングがいいので毎月読んでいる。
8月号のなかに宝暦事件の話が出てくる。
公家が尊皇思想からゴタゴタをおこしたつまらない話だが、蟄居を命じられた裏松公世の
家を若冲が訪れる場面がある。
そのときに、公世の家に「芭蕉の木」が植えてあると書いてあるんだな・・
この木は庭に植えると祟りがある。。。。
え?ほんまかいな?
いろいろ調べると、バナナの木ににているんだと、アナタ知ってました?
松尾芭蕉は弟子から贈られた芭蕉の木が気に入って、名前にしたらしい?
真相はよくわからないらしいが、澤田センセイのおかげで、また、お勉強になった。
我が家の花といえば、ねむの木。
夜なので葉っぱは閉じて寝ているが、夏の暗闇のなかで花はヒッソリと呼吸をしている。
俺はこの花を夜の恋人にすると決めて、それから、大切に育ててきた。
育ててきたといっても、まあ、適当に肥料をやって剪定、霜の管理をしてきただけだが、
もう何年も、梅雨入りのころから秋口まで、俺を裏切ることなく花を貢ぐ。
花言葉は「夢想 歓喜 創造力」
この暑いさなかに、なんと縁あって、歌舞伎と文楽、連チャンでいくことになった。
八月納涼歌舞伎、「狐狸狐狸ばなし」
まあ、歌舞伎のドロドロ物のなかでも筆頭格^^
生臭坊主と人妻おきわが出来てしまった。おきわの夫伊之助はもと上方芝居の女方。
おきわの体を毎晩ベロベロなめ回すスケベ。
そんな夫に嫌気がさしてきたところ、おきわの浮気相手の坊主に縁談が舞い込んだ。
相手は男の体をベロベロ舐めるのが好きな牛女^^^^
おきわは嫉妬に狂うが、坊主は「テメーの旦那を殺したら一緒になってやる」と言い放つ。
真に受けたおきわはスケベ旦那を毒殺、牛女を追い出して坊主に一緒になろうと迫る。
ところが・・・
がははは、こんな下品な話、アタクシには関係ありませんわ・・・なんて顔をした、
オバサマ達が、なんとなく汗っぽくなりながら、ふふふふ笑いながら、異様というか、
狂っているというか、いや、歌舞伎って、まさに、そーなんですよ。
しかも、俺の隣にいたオナゴは、まだ二〇歳前半、こんな話わかるの?って子が
真剣に観てるのね。
最前列にいた母親と二〇歳くらいのお嬢さん、人生を誤らないように@@
おきわは七之助。
いよいよ女形の最盛期に突入の感があり、奇妙な色気がでてきて玉三郎よりいい。
勘九郎も真摯な柔らかみがあって、勘三郎亡き後、中村屋はびくともしない趣。
さて次の日は三谷文楽「其礼成心中」
三谷は「おのれナポレオン」の失敗を確認して、もう観る気がしなくなったのだが、
「其礼成心中」は妙に人気があったので行きたかったの。
チケットがどーしても手に入らずガックリしていたら、「みっちゃん、お元気-」と、
どこからか、かわいい声が聞こえてきたんだな@@
はふはふ、アナタは、ユウちゃんじゃありませんか!
え?文楽にはまっている?「其礼成心中」東京まで観に来る?え、チケット取ってくれる!
いやはや、なんと、ユウちゃんが、文楽のファンになっておりまして、○○さんの後援会に
入っていたんだな。
で、あなた、すぐに実力行使してくれて、チケット取ってくれたんです、
ありがと、ありがと。
そんなわけで、真夏のパルコ劇場へ。
その席がまた、ピッタシの良席で、いたく泣けました。
三谷先生、大夫と三味線を正面の天井近くに宙づりにしたんですね。
だから全体の目線バランスが舞台の中程になる、最前列ですと相当に見上げないと
全景がつかめない。
アタシの席は6列目で、人形と目があいました。
話のほうは三谷版ですから、最初からパシパシ小気味よく走らせていく。
その走らせ方と太夫の声のウネリ具合は齟齬をきたしていなかったので、練りあげ成功と
いってもいいでしょう。
アタシはいつも思うのですが、いろんな意味でのコラボというのは、双方がそれぞれの
世界で、すでに独自なものを形づくっていますね。
とくに文楽には何百年という歴史がある。
その時間の重みで醸造された香りというものを、、三谷先生は簡単に獲得出来るでしょうか。
そんなことは出来るわけがない。
三谷自身が近松の言葉にすり寄ることの困難さを書いています。
じゃあ、どうやって融合するの?どうやって切磋琢磨して止揚して、ステージを上げていくの。
それが楽しみで、あるいは皮相的な目で、観客は観にいっているかもしれない。
だから、腹の練り具合、こーゆう言葉がピンとこない方は、すでに日本芸能とは縁遠い方
だと思うのですが、この練り具合が、うまくいったと感じた次第であります。
そして、やはりというべきか、コラボの力配分では、七割方文楽の色気にアタシは感激したの
であって、残りの三割が三谷采配ということになりましょうか。
劇中、登場人物が文楽を観劇する場面がある。
『心中天網島』です。
そこで光の白い配色が心中する二人を照らし出す、人形の純白な顔、手、首スジ、
うねりくねる腰。
観劇する二人は暗めの黄色い光のなかで身もだえしながら興奮して観ている。
いってみれば我々は箱庭を眺めながら世界を観ているような構図なんですが、その箱庭の
なかで悶えているのは、われわれ観劇者の投影でもあるんです。
そんな奇妙な立体交錯の中で、お人形さんのシロだけが息苦しいほどのリアリティで黒空間
に勃起していく。
はふはふ、いや、勃起とはこーゆうときに使うんですよ。
文楽は血を抜いたエロス、だから、どんなおぞましい風景を眺めようとも、アタイは負の
興奮を伴いながら入っていける。
三谷は人生を生きていく上での知恵を、いろいろ、お人形さんに語らせていました。
あの愚直な言葉の温かみが、もしかしたら、文楽の新しい世界を広げていくかもしれない。
三谷文楽、これだけの成果を上げたのだから、さらに介入すべし・
若冲展が9月に福島で打ち止め。
若冲を見いだしたプライス夫妻の年齢を考えると、これで米国在の若冲画はとうぶん
観ることができない。
しかたないから9月になったら福島まで車を飛ばして行くことになったが、土日だから
人の頭を見にいくようなものだ。
月曜日を休館日にしているところが多いが、普段ヒマなんだから、特別展の時くらい
休み無しで働けといいたい@@
オール讀物6月号から澤田瞳子が若冲を書き始めた。
タイミングがいいので毎月読んでいる。
8月号のなかに宝暦事件の話が出てくる。
公家が尊皇思想からゴタゴタをおこしたつまらない話だが、蟄居を命じられた裏松公世の
家を若冲が訪れる場面がある。
そのときに、公世の家に「芭蕉の木」が植えてあると書いてあるんだな・・
この木は庭に植えると祟りがある。。。。
え?ほんまかいな?
いろいろ調べると、バナナの木ににているんだと、アナタ知ってました?
松尾芭蕉は弟子から贈られた芭蕉の木が気に入って、名前にしたらしい?
真相はよくわからないらしいが、澤田センセイのおかげで、また、お勉強になった。
我が家の花といえば、ねむの木。
夜なので葉っぱは閉じて寝ているが、夏の暗闇のなかで花はヒッソリと呼吸をしている。
俺はこの花を夜の恋人にすると決めて、それから、大切に育ててきた。
育ててきたといっても、まあ、適当に肥料をやって剪定、霜の管理をしてきただけだが、
もう何年も、梅雨入りのころから秋口まで、俺を裏切ることなく花を貢ぐ。
花言葉は「夢想 歓喜 創造力」
この暑いさなかに、なんと縁あって、歌舞伎と文楽、連チャンでいくことになった。
八月納涼歌舞伎、「狐狸狐狸ばなし」
まあ、歌舞伎のドロドロ物のなかでも筆頭格^^
生臭坊主と人妻おきわが出来てしまった。おきわの夫伊之助はもと上方芝居の女方。
おきわの体を毎晩ベロベロなめ回すスケベ。
そんな夫に嫌気がさしてきたところ、おきわの浮気相手の坊主に縁談が舞い込んだ。
相手は男の体をベロベロ舐めるのが好きな牛女^^^^
おきわは嫉妬に狂うが、坊主は「テメーの旦那を殺したら一緒になってやる」と言い放つ。
真に受けたおきわはスケベ旦那を毒殺、牛女を追い出して坊主に一緒になろうと迫る。
ところが・・・
がははは、こんな下品な話、アタクシには関係ありませんわ・・・なんて顔をした、
オバサマ達が、なんとなく汗っぽくなりながら、ふふふふ笑いながら、異様というか、
狂っているというか、いや、歌舞伎って、まさに、そーなんですよ。
しかも、俺の隣にいたオナゴは、まだ二〇歳前半、こんな話わかるの?って子が
真剣に観てるのね。
最前列にいた母親と二〇歳くらいのお嬢さん、人生を誤らないように@@
おきわは七之助。
いよいよ女形の最盛期に突入の感があり、奇妙な色気がでてきて玉三郎よりいい。
勘九郎も真摯な柔らかみがあって、勘三郎亡き後、中村屋はびくともしない趣。
さて次の日は三谷文楽「其礼成心中」
三谷は「おのれナポレオン」の失敗を確認して、もう観る気がしなくなったのだが、
「其礼成心中」は妙に人気があったので行きたかったの。
チケットがどーしても手に入らずガックリしていたら、「みっちゃん、お元気-」と、
どこからか、かわいい声が聞こえてきたんだな@@
はふはふ、アナタは、ユウちゃんじゃありませんか!
え?文楽にはまっている?「其礼成心中」東京まで観に来る?え、チケット取ってくれる!
いやはや、なんと、ユウちゃんが、文楽のファンになっておりまして、○○さんの後援会に
入っていたんだな。
で、あなた、すぐに実力行使してくれて、チケット取ってくれたんです、
ありがと、ありがと。
そんなわけで、真夏のパルコ劇場へ。
その席がまた、ピッタシの良席で、いたく泣けました。
三谷先生、大夫と三味線を正面の天井近くに宙づりにしたんですね。
だから全体の目線バランスが舞台の中程になる、最前列ですと相当に見上げないと
全景がつかめない。
アタシの席は6列目で、人形と目があいました。
話のほうは三谷版ですから、最初からパシパシ小気味よく走らせていく。
その走らせ方と太夫の声のウネリ具合は齟齬をきたしていなかったので、練りあげ成功と
いってもいいでしょう。
アタシはいつも思うのですが、いろんな意味でのコラボというのは、双方がそれぞれの
世界で、すでに独自なものを形づくっていますね。
とくに文楽には何百年という歴史がある。
その時間の重みで醸造された香りというものを、、三谷先生は簡単に獲得出来るでしょうか。
そんなことは出来るわけがない。
三谷自身が近松の言葉にすり寄ることの困難さを書いています。
じゃあ、どうやって融合するの?どうやって切磋琢磨して止揚して、ステージを上げていくの。
それが楽しみで、あるいは皮相的な目で、観客は観にいっているかもしれない。
だから、腹の練り具合、こーゆう言葉がピンとこない方は、すでに日本芸能とは縁遠い方
だと思うのですが、この練り具合が、うまくいったと感じた次第であります。
そして、やはりというべきか、コラボの力配分では、七割方文楽の色気にアタシは感激したの
であって、残りの三割が三谷采配ということになりましょうか。
劇中、登場人物が文楽を観劇する場面がある。
『心中天網島』です。
そこで光の白い配色が心中する二人を照らし出す、人形の純白な顔、手、首スジ、
うねりくねる腰。
観劇する二人は暗めの黄色い光のなかで身もだえしながら興奮して観ている。
いってみれば我々は箱庭を眺めながら世界を観ているような構図なんですが、その箱庭の
なかで悶えているのは、われわれ観劇者の投影でもあるんです。
そんな奇妙な立体交錯の中で、お人形さんのシロだけが息苦しいほどのリアリティで黒空間
に勃起していく。
はふはふ、いや、勃起とはこーゆうときに使うんですよ。
文楽は血を抜いたエロス、だから、どんなおぞましい風景を眺めようとも、アタイは負の
興奮を伴いながら入っていける。
三谷は人生を生きていく上での知恵を、いろいろ、お人形さんに語らせていました。
あの愚直な言葉の温かみが、もしかしたら、文楽の新しい世界を広げていくかもしれない。
三谷文楽、これだけの成果を上げたのだから、さらに介入すべし・
# by sniperfon | 2013-08-17 21:04